オリンピック選手の話

『アテネオリンピック』が近づいてまいりました。1896年、近代オリンピックの  創始者【クーベルタン男爵】によって第1回大会がアテネで開催されてから、108年がたっています。今回は第28回大会となっています。今回も素晴らしい大会になる
ことが、予想されています。
 オリンピックは、「参加することに意義がある」と言われてまいりました。しかしメダルを狙って選手達は、気の遠くなるような努力を積み重ね、切磋琢磨し汗と涙の連続を勝ち抜いて、それぞれの国の代表者として参加いたします。オリンピック選手に選ばれたことを、きっと誇りに思っていることでしょう。また今までの努力の成果を、結果として、精一杯残したいと思っていることでしょう。でも本当に選手達全員がそう感じ実行出来ているでしょうか。私は過去の選手達の話を聞くと、「多くのプレシャーの中で自分の持っている力を100%出し切れずに敗れてしまった」と嘆いている選手が数多くいたことを思い出します。
勿論100%力を出し切ることは大変ではありますが、そのために辛い苦しい練習を耐えて、晴れて選手として選ばれた筈です。選手達本人にしてみれば、国を代表して行くわけですから当然かもしれませんが、多くのプレッシャーを感じていることでしょう。
そして眠れない日々を過ごして大会当日を迎えているのかも知れません。精神的なプレッシャーは体験してみないと絶対に分からない事ばかりなのかもしれません。自分の力を出しきれずに、競技を終えてしまう選手のほうが多いのかもしれません。
 しかし私は考えて見て欲しいと思っています。「オリンピックに出場できる、ということだけでも本当に素晴らしいことだ。」ということを。これは一生懸命努力してなお
必死になって頑張った選手でも、ほとんどの選手がオリンピックに参加できない事実があることを知って欲しいからです。「国を代表して出場することができる」これは大変なことです。それが出来たと言うことは、それだけでもう十分であると選手達の親は思うでしょう。勿論その上でメダル、それも金メダルを獲れればもっと嬉しいのは事実ですが。それは高望みの中の高望みだと認識したほうが、良いのではないでしょうか。
私はオリンピック選手にはなれませんでしたし、なろうとも思っていませんでした。しかし、もし今の心境でオリンピックに出場していたら、きっとそれだけでものすごく嬉しいし、楽しいことだと言うことを実感できると思います。そして精一杯頑張ること、
その事を競技を通じて、おもいっきり楽しめたと思います。そうです。プレッシャー
を楽しみ、そのこと自体を受け入れて良く寝られると思います。
 振り返って私達人間は、ある意味全員が「オリンピック選手なのではないか」と思う時があります。私達の一人一人には気の遠くなるような先祖が多勢いて、その中で有る選ばれた細胞が結合して、細胞分裂を何度も繰り返して人間という形になっています。 オリンピックに出場する、という確率をはるかに超えています。私達は多くの犠牲者
(結合できなかった本当にものすごい数)の中から選ばれて、人間になっています。オリンピック選手が、オリンピックに出場するということを、大いに楽しみまた努力して
もらうことと同じ、あるいはそれ以上に人間としてこの世に生まれたことを、大いに楽しみ喜んで生きて行きたいと思います。そしてその中で、私達がこの世に生まれた証として、後世の人々の為に残せるような仕事(結果)を残したいと思います。私達は、全員選ばれた人間だから出来るはずですし、出来なければいけないと思います。
 私達は「選ばれた人」だという認識を強く持ち、我らの誓いの中の『自己の人生に対する責務を果たす』事を進めて行きたいと思います。
 オリンピックに出場できなかった、多くの選手達を代表して,オリンピック選手には精一杯頑張って欲しいと願うと同時に、人間になれなっかた、多くの細胞たちを代表して私達人間は,精一杯頑張らなければならないと思います。
KONOIKEマン、KONOIKEウーマンとして,お客様と共に『誇りと喜びを共創』する為に、精一杯頑張りましょう。